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鴻池朋子展「皮と針と糸と」新潟県立万代島美術館
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鴻池朋子展「根源的暴力Vol.2 あたらしいほね」群馬県立近代美術館
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鴻池朋子個展「根源的暴力」神奈川県民ホールギャラリー
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作家ステイトメント「根源的暴力」
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高嶋英男個展「空壺の人」
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リマッピング日比谷プロジェクト2014 都市と森の境界に現れるアート
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美術館ロッジプロジェクト 森吉山小屋  壁画設置作戦&報告会「森吉山小屋と雪の女王」
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目に見えないものと対話する方法「精霊の学校」
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鴻池朋子  Wild Things−Where Masters of Ecstasy Are
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鴻池朋子 Earthshine:Artist Statement
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鴻池朋子 Earthshine:Gallery Wendi Norris(San Francisco)
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大小島真木『遺伝子の地図ーChanting genes』
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大小島真木「The Knock」Vol.3
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大小島真木「The Knock」Vol.2
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大小島真木 遺伝子の地図 − chanting genes
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大小島真木「The Knock」Vol.1
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美術館ロッジ 作戦4「舟、森吉山小屋へ到着!」
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美術館ロッジ 作戦3「舟、森吉山を登る」3/13
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美術館ロッジ 作戦3「舟、森吉山を登る」初日(3/12)
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美術館ロッジ  作戦3「舟、森吉山を登る。」
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美術館ロッジ 森吉1•2作戦
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動く人間 04 : 福森伸
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ULTRA   3 New Artists
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動く人間 03:笹尾千草
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作者不在トークセッション Document <PART 1>
作者不在トークセッション Document <PART 1>
作者不在トークセッション Document <PART 2>
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作者不在トークセッション Document <PART 3>
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作家は何も気づいていない Picnic at Hanging Rock
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東恩納裕一 After the Picnic
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ミミオ図書館&試写会 in 東京
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隠れマウンテン&ヴォルカノイズ Vol.2
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隠れマウンテン&ヴォルカノイズ Vol.1
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作者不在トークセッション Document <PART 1>

作者不在トークセッション

作家は何も気づいていない Picnic at Hanging Rock

ナビゲーター:藤原えりみ(美術ジャーナリスト)、鴻池朋子(アーティスト)、坂本里英子(2003年「Light Bright Picnic」企画者/VOCALNOISE代表)

参加者:30名

 

★本ドキュメントは、3月10日(土)に行われた、作者不在トークセッションに加筆、修正、参考図版を加えたものです。

 

坂本:本日は、作者不在トークセッションにご参加頂きありがとうございます。ヴォルカノイズでは、観客のみで作品を語るということを以前からやっていまして、今回は作家の東恩納さんが不在の場で、プロジェクト「After the Picnic」を通して、参加者の方々と作品について話していきたいと思っております。最初にナビゲーターをご紹介いたします。今回制作したアーティストブックにもご執筆頂いている、藤原えりみさんです。

藤原:はじめまして、よろしくお願いします。皆さんとの距離がこんなに近くて、これだけ顔が見えるトークは経験がなくて、少し緊張しております。

鴻池:日常のごっこ遊びから、そのまま始まったかのようなスペースですよね。

坂本:よろしくお願いします。そして、アーティストの鴻池朋子さんです。

鴻池:こんばんは。

坂本:本日のトーク「Picnic at Hanging Rock」は、1975年のオーストラリア映画のタイトルです。9年前に、世田谷美術館で企画した東恩納さんの蛍光灯作品のインスタレーションに「Light Bright Picnic」というタイトルを提案した時、この映画を思い浮かべていました。真っ白な服を着た女学生が、白昼の真っ白な空のもと、Hanging Rockの岩間に吸い込まれるように消えてしまうシーンが、美術館の廊下に突如現れた蛍光灯作品の白さと重なり、過剰な明るさに溶けていくイメージがありました。そして、Picnicは楽しくも儚くもある。もう一点、この映画は美しい少女が出てくるのですが。

鴻池:ネットで見ただけだけど、主人公の美しい少女がいましたね。

坂本:ミランダという少女で、映画のなかでもボッティチェリが描く天使のようだと言われています。規律を重んじる女子校の寮生活、閉ざされた世界に生きている美しい少女の視点が、実は東恩納さんの視点と重なる気もしたんですね。

鴻池:怖い、そんなこと考えてたんだ。

坂本:それから9年が経ちまして、東恩納さんは今作家として模索の時期でもあるようで、そこから何が見えてくるだろうということを、皆さんと話していければと思います。早速ですが、藤原さんは今回の展示を見て率直にどのように思われましたか。

藤原:まず最初に、テキストを書きながら“Picnic”という言葉が時代と共に深い意味を担ってしまったなと感じました。震災後にこうした光にまつわる展示を考えると、この10年は日本人にとってある種“Picnic”と言える状態だったかもしれないけど、私たちはもうそこに戻ることができないと、「After the Picnic」というタイトルを聞いた瞬間に感じました。9年前に、坂本さんが「Light Bright Picnic」を提案したけど、もう個人の意図の範疇を超えてしまって、時間の経過と共にピンボールの玉がはねかえるように響いていくプロセスをこの展示で感じました。私が初めて彼の作品を見たのは92、3年で、壁紙などのチープな素材を使ったコラージュでした。次にシャドーのシリーズに入り、新聞の家具の折り込み広告を切り抜いて拡大したシルエットを並べた作品。メディアによってつくられ、いつのまにか日本人にすりこまれている4人家族の幸せなダイニングテーブルのイメージを黒く塗り込めてしまった作品。

鴻池:えっ、過激。

藤原:彼は、レボリューショナリーですよ。私が一番好きなのは<モスライト>です。四角い蛍光灯のシーリングライトのなかに、大きなリボン型のバレッタを入れて、光に吸い寄せられて張り付いた蛾の死骸のように見える作品。90年代の半ば頃から、いろいろな展開をするようになり、空間全体もつくるようになりましたね。ただ、作家として海外での知名度がでてくるのは、やっぱり2001年から始まる<シャンデリア>シリーズからですかね。

坂本:私、<モスライト>持っています。世田谷美術館の時にも展示したんです。

藤原:えっ、作品自体を!?そうなんだ。<モスライト>はシリーズ化してないですよね。東恩納さんは、基本的にあまりシリーズ化をしなかった作家ですよね。その後は、伸縮のあるゴムを使って壁にインスタレーションしたり、鏡を使ったり、壁に直接ペイントしたり、明るいけど暗いというような部屋をつくっていました。だから、“Light Bright”って、東恩納さんの本質をつかんでいる形容詞だと思います。身近でチープな素材を使うというのは、一貫して変わってないですね。

 

 

 

坂本:家庭の居間にあるものって、お母さんが選んできたものですよね。

藤原:そして、手芸的なものですよね。ちょっと少女的なところがある。

鴻池:ちょっとどころじゃない、全部が少女的。逆に、東恩納さんの過激なところってあまり知らないんですよ。

藤原:いつから彼を見ているかでも印象が違うのかもしれませんね。ところで、<シャンデリア>は、なぜ海外で評価されるのか、彼自身わからないかもしれないですね。リング状蛍光灯は、欧米では珍しいというのはあるかもしれないけど。

坂本:ヨーロッパで<シャンデリア>を展示した時に、東恩納さん自身が直管の蛍光灯をリング状に変形したのか、と聞かれたこともあるようですよ。

藤原:それほど欧米ではあまり見ないですよね。消費者の好みに応じて微妙に色が違うものが日本ではそろえられている。欧米の一般家庭では、全面照明しないのが普通のライフスタイルですからね。人工的な過剰な光は珍しいのかもしれませんね。

坂本:参加者の方々は、東恩納さんの<シャンデリア>や他の作品を、どのくらい前から見ていらっしゃるのでしょうか。

参加者K:私は、表参道のナディフで行った「雛形」を見て、ナディフが10年間やっていた展示のなかで3本指に入るくらい印象に残りました。すごく少女的な繊細なものを使っていながら、スコンと抜けたものも出せる力を持っている方だなと思いました。決して女性がつくる少女的なものではないのが不思議です。

坂本:女性じゃない少女ってなんだろう…。他の方はどうですか。

参加者I:東恩納作品に出会ったのは<シャンデリア>からだと思いますが、すごく乙女チックな感性をもっている方だなというのは感じます。日本と外国から見た乙女的なカラーのズレをインスタレーションで見せていますね。αMやユトレヒトの個展を拝見してから、自分のなかでの東恩納作品のヴァリエーションが増えたと思います。

 

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藤原:鴻池さんは、東恩納さんといつ出会ったんですか。

鴻池:2004年にボローニャの「オフィチーナ•アジア」展に参加した時です。十何人かの日本人作家が参加したけど、作家同士ってしゃべらないんだよね。自己紹介もしないで、同じバスに乗っているのが不気味で、自分から挨拶していたんですよ。東恩納さんも、最初はうるさいのは苦手って感じだったのかもしれませんけど、なぜか私はそこに一緒にいても大丈夫なような感じがしました。

坂本:その時は、作品について話をしたんですか。

鴻池:作家って皆閉じているから、そういうこと聞いてはいけない雰囲気で一人で適当に見たりしていました。東恩納さんの場合は、日本人じゃないような感触がありました。評論だとキッチュとかファンシーって言われるけど、私は全然そういうふうに感じなくて、ロンドンっぽくて音楽の要素も入っているような。

藤原:東恩納さんは、どんな音楽聞くんだろう。

坂本:ビョークっていうのは聞いたことがあります。Gasbookのカタログの最後にもアンケートで書いてありますよ。

藤原:読み上げてみましょうか。身の回りでもっともアートを感じる時は? “アートから遠いものに何かを感じる時”、ひねってるよねぇ。好きなフォルムは? “シンプルなもの”、これまで制作活動を続けてきて一番嬉しかったことは?“今でも制作を続けていること”、好きなカラーを順番に3つ並べてください “黒、蛍光ピンク、蛍光オレンジ”。

鴻池:嫌いなことは? “権威主義”。ここだな、何かあるとしたら。

藤原:あなたが一番好きな場所は? “自分のスタジオ”、好きなアーティストを3人あげてください“ルシアン•フロイド、ビョーク、ヘンリー•ダーガー”。あなたにとってアートとは? “魅惑と矛盾に満ちたもの”、好きな言葉を3つ答えてください “過剰、妄想、What’s that?” アンケートの答えに、東恩納さんのいろいろな面が出てますね。

坂本:他にも作品について、どんな印象をもたれたか教えて頂けますか。

参加者A:ここ6、7年でグループ展にいくと、蛍光灯作品があった記憶があります。最初に見た時は、テクノロジーアートの人かなと思ったけど他の作品を見て、こうした平面作品の積み重ねから、<シャンデリア>の方向に来たんだというのが意外でした。

坂本:<シャンデリア>を先に見られていて、平面を改めて見た時に感じたことはありますか。

参加者A:<シャンデリア>は、こちらを照らしてきて向かってくる感じだけど、平面は見ていて穏やかな気持ちになる。そこに佇んでいる、普通にあるというか、そこにあるものをこちらからゆっくり見ることができる、景色のような。

鴻池:東恩納さんの絵は、窓を見ているみたいだよね。絵画とかではなくて “ただある”というのはよくわかる。ところで、どうして東恩納さんの蛍光灯作品は“モンスター”と言われるんですか。

坂本:東恩納さん自身が、秋葉原で蛍光灯がたくさん飾られているショーウィンドウを見て、これらをかき集めて蛍光灯のモンスターをつくりたいと思ったと言っています。

鴻池:でも、彼はボリューム感を出さないですよね。やろうと思ったら、この3倍くらいでもつくっちゃえるのにやらない、物量や大きさではないんだよね。何が彼をそうさせているのかな。彼のなかのモンスターと私のモンスターは違うんだなと思った。モンスターが本当に出て来たわけじゃなくて、気配みたいなものに怯えて目をパチパチしているような。 そんな瞬きしながら見えている絵のようでもあるし、何の光に怯えているのかわからないけど。

藤原:彼が言う “不気味なもの”には、一見かわいらしくて平穏な日常の光景が私たちを取り巻いているけど、本当にそんな平穏なものなのだろうかという根本的な問いがありますよね。そこをひっくり返してきていたのが彼の仕事。一見穏やかなものが、じわーっと変質してくる境界線みたいな感じがでているのが、特に新作の<apparition>だと思います。東恩納さんが自分の手描きのドローイングを作品として出すのは今回が初めて。手で描く痕跡を、極力排除しきってきた人ですね。

坂本:生身の人間の体というのを出さないですよね。HPのトップ画像の写真を東恩納さんから頂く時に、作品写真ではなくスタジオでの制作風景みたいな写真をお願いしたんですが、最初は嫌がられていました。それで、HPを見て頂くとわかるんですけど、幽霊のような影だけの人体を加工して出してきたんですね。彼にとって人間や生身の体って、こういう感じに見えるのかなと思えてきました。今、藤原さんがおっしゃっていた<apparition>は、亡霊や死者の“出現”と言う時に使われる言葉ですね。

藤原:ギュスターブ•モローの同名の作品からとったタイトルですけど。<ブラックシャンデリア>のような黒いネックレス、闇が光のように現れていて、東恩納さんがやってきたことが整理されて出て来て、今後、自分のドローイングを出すのかっていうのもあるし、すごく興味深い仕事です。とにかく生身の身体とか土着的なものが嫌いですね。

 

 

鴻池:私は、そういうの平気なんだけど、平気な人のことを彼は嫌わないよね。彼は私のどこが好きなんだろうかって思うんですよ。だって、作家として表現する方向性は真逆なんだもん。どうして友達として話せるのか。 私はなぜ東恩納さんといると居心地がよいのか。この絵については、外に出て来ているというより、中に入りこんでいる表現のような感じがする。

藤原:私は、東恩納さんがモローに関心があるって意外でしたけどね。こういう時代のものに興味をしめす人ではないと思っていた。歴史的な作品に対する彼の考え方とか全く話したことがないですね。

坂本:先日、鴻池さんが黒田清輝の話をしていた時に、東恩納さんは江戸から明治になる端境期あたりの絵画に興味があるって言っていましたよね。

鴻池: そうそう、最近ある用で黒田清輝記念館に行って彼の絵を見る機会があったのですが、黒田は立派な絵を描いている人と思っていましたが、確かにきちんと仕事も立派で絵も真面目でしたが、作品を見た瞬間に、気持ちが沈んでいく感じがありました。絵とは、こんなに人の気持ちを落ち込ませるものなんだと、自分でもびっくりしてしまいました。(笑)余談ですが。 

坂本:同じ話をしていた時に、東恩納さんは洋画、日本画という明確な分類が出来る前あたりの絵画に興味があると言っていた気がしますけどね。

鴻池:近代って前近代をばっさり切って始まるじゃないですか。だから、その過渡期ってどういうことを言っているのかなとは思いました。

坂本:同時代だけではなく、歴史的な作品にも関心をもたれているとは思いますが、美術史上で認められているものとは違うような気もしますね。あと、大崎駅にある、ドアーフのパブリックアートについても「知ってますか?」と何度も聞かれました。東恩納さんは本当に問う人なので、わからないことは何度でも繰り返し聞いてこられますね。

鴻池:なぜ?どうして?と何度も聞いて、「うるさいっ」ってお母さんに言われても、でもどうして?って聞く様な感じですよね。 私もまったくそうです。

坂本:そうそう。その時も、私は聞かれる度に「見たことない」って言っているんですけど。でも、彼のなかでは、歴史上の作品でも街にあるどんな小さなものでも、面白いと思ったものは、全て同じ様にインプットされていくんだなと思いました。

鴻池:言われて見てみると面白くて、共感することはよくありました。

坂本:東恩納さんの見ている世界観というのは、家スケールというか、世界を飛び越えてというよりは、自分に関わる生活圏内ですよね。

藤原:そうですね。今の自分を確認するために、ものすごいジャンプして遠くに行って戻って来るという発想の仕方ではないですよね。今生きている自分の空間や時間から発想しますよね。