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大小島真木「The Knock」Vol.3
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大小島真木「The Knock」Vol.2
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大小島真木 遺伝子の地図 − chanting genes
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大小島真木「The Knock」Vol.1
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美術館ロッジ 作戦4「舟、森吉山小屋へ到着!」
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美術館ロッジ 作戦3「舟、森吉山を登る」3/13
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美術館ロッジ 森吉1•2作戦
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動く人間 04 : 福森伸
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ULTRA   3 New Artists
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動く人間 03:笹尾千草
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作者不在トークセッション Document <PART 1>
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作者不在トークセッション Document <PART 2>
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作者不在トークセッション Document <PART 3>
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作家は何も気づいていない Picnic at Hanging Rock
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東恩納裕一 After the Picnic
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ミミオ図書館&試写会 in 東京
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隠れマウンテン&ヴォルカノイズ Vol.2
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隠れマウンテン&ヴォルカノイズ Vol.1
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動く人間 04 : 福森伸

インタビュアー:坂本里英子(VOLCANOISE代表)

 

旅は鹿児島へ。

1973年に設立された知的障害者支援施設「しょうぶ学園」。施設長の福森さんは、つくることを通して人間の可能性を追い続けている。

 

(左から)福森伸、坂本里英子

2012年11月18日(日)しょうぶ学園にて

 

 

坂本:福森さんは、しょうぶ学園の利用者の方たちによる制作を、どのように捉えて支援を行っていらっしゃるのでしょうか。障害をもった方の作品は、アール•ブリュット(生の芸術)という美術の定義にあてはめて語られることも多いですね。

福森:定義があることによって、惑わされてしまうことがあります。制作の環境を施設が整えたり、第三者が作品に影響を与えることは、独自性をもち他者の介入を認めないアール•ブリュットの定義からは外れるわけです。僕らは、その呼び名を使いませんが、すると今度は障害者アートとか言われる。ジャンルをつくる必要性がどこまであるのかは疑問があります。「ジャスト•アート」でいいと思うんですけどね。今は、こちらが手をつけることができない独自性が強いものをアート、スタッフとの共同制作、ジョイントをしてつくるものをクラフトと呼んでいます。そして、つくる行為自体を重視して結果を問わないものも含め、大体3つに制作行為は枝分かれしていく。僕らは、その根っこへの水やりのようなことをしています。

坂本:最初に制作を始める段階では、作業をしながら何が本人に合っているかを見極めていくのですか。

福森:自分で選択が出来る場合は、本人の希望を最優先させます。選べない、逆にあれもこれもと選び過ぎる場合は、ご家族の希望を聞いたり僕らが面談して本人に合うと思われる制作方法を選び、それが段々と定着していきます。

坂本:最初に選んだものをずっとやり続ける方が多いのでしょうか。

福森:そうですね。自分を守りたい意識が強い気がします。僕らは同じことをやり続ければ、飽きたり、欲がでたり、冒険心がわいたりする。でも、彼らは自分の居場所を見つけると安心して、それ以上先に行くことは危険だと本能が知っているのではないかとも思います。ここ2年くらいで、そう思うようになりました。同じことを繰り返すなんて忍耐力があると誤解する人もいるけど、楽しんでやっているんですね。ゴールに向かって頑張ることが忍耐だとすれば、障害の重い方は頑張ることの意味がわかっていない。僕らの考え方とは違うと思います。

坂本:「与えるより、つくりだす」という方針で活動されていますが、私たちが思う「つくる」と彼らの「つくる」は、意味合いが違うのでしょうか。

福森:価値観が違う気がします。以前は、僕らと一緒だと思い込んで、お互いに全く違う方向に向かって頑張っていた気がします。今は、ジョイントと呼んでいる、価値観が違う者同士の共同制作をとても楽しんでいます。

坂本:刺繍をする方が、布に針が通っていないのに手だけ動かし、たまにふと針が通った時の糸の痕跡が美しいという、福森さんのお話は印象的でした。私たちは、完成に向けて縫う過程と結果を合わせて「つくる」と考えますが、縫っている”フリ”のような、その行為自体に「つくる」が隠れているように思いました。

福森:僕は、その糸の痕跡を行為の産物と呼んでいて、美しいと感じています。人間力からくる魅力があり、本人そのままの姿が出ている。針を持ち変えているから、本人も糸が通っていないのはわかっているけど、たまに偶然であるかのように通る。この状態が、本人にとってすごく快適に見えるんですね。以前は、偶然という言葉を肯定的には捉えていませんでした。でも、偶然、たまたま、ついやってしまった時は、素のままの自分が出ている時で、実はすごく重要じゃないかと思うようになりました。偶然の塊は、もう偶然じゃないんですよね。木工作品をつくろうとして木を全て削ってしまう行為も価値観の流れは似ています。刺繍が形として残るのに対して、こちらは全て木屑になります。僕らのように計画性が先行すると衝動性が弱くなり、彼らは衝動性が強くて計画性がない。この両者が共に制作することをジョイントと呼んでいるんです。

坂本:彼らが完成してしまうと一気に関心をもたなくなるというのも、一般的に言う「つくる」とは違う気がしますね。

福森:行為に没頭して終われば、映画が終わったのと同じで帰ってしまう。独自性の強い作品をつくる人ほど完成はどうでもいい人が多く、我々の影響を受けやすい人や支援を理解できる人は、「これ、いいでしょ」というように完成に興味をしめしたりもします。

坂本:彼らにとっての完成は、もの自体の出来栄えよりも行為に何かの区切りがつくことなのでしょうか。

福森:いろいろな方がいますので一概には言えません。シャツを刺繍で埋め尽くして縫う所がなくなれば終わりの場合もありますし、木を削って全部木屑になったら終わりということもある。同じ行為を何年間も続けてようやくできたものを、ゴミ箱に入れても全く動じない人もいる。つまり、ゴールを目指した忍耐ではなく、やらずにいられない、それによって安心を獲得するというのが自閉症の方に多く見られることです。「安心」というのはキーワードですね。

 

施設のギャラリー(写真右)では、制作された作品の企画展やコレクション展が行われている。

 

坂本:何かにこだわる、繰り返すという外部との接触によって、自分自身を確認するとか存在を確かめるという意識がどこかにあるのでしょうか。

福森:あると思いますね。自傷行為も含めてです。僕らが普通エクスタシーを感じないような行動に、エクスタシーを感じることが多いです。ある意味で、自慰行為に近いかもしれない。

坂本:だとすれば、秘密のままにしたいこともあったり、ジョイントという全く違う感性が入りこむことを拒絶する方もいらっしゃるでしょうね。

福森:その場合は、一切手を出しません。手を入れるか入れないか、どのように扱うかの評価は、デザイン室でやっています。手を入れるものに関しては、こうしてみたらと仕掛ける事が多いですね。仕掛けたことに彼らが興味を示し、こだわりに繋がるというのが一番多いかな。これは、アール•ブリュットとは言われない領域ですが、きっかけは仕掛けでも、それを自分のものにしてすごいものが生まれたりもするんですよ。

坂本:アーティストは孤高で神聖で全くゼロから一人で生み出さねばならないというのは、固定化されたイメージですね。だからこそ、ジョイントのような違う価値観の者同士が生み出す行為がとても興味深いと思いました。スタッフの方は、福祉的な支援と制作への支援の両方をなさっているのですか。

福森:ほとんどのスタッフは両方やっていますが、1割くらいがデザイン室に入り、つくる作業が主になっています。9年程前にデザイン室を設置して、最初は僕1人でした。それから人が増えて作品について話し合ったり、展覧会で評価を得る機会も増え、結果的に、手を入れないものをアートとする考えが施設のなかで定着してきました。一方で、ジョイントは相手と対等にぶつからなければならない。僕らは相手に関心がある全力ですけど、彼らは僕らに無関心な全力なわけですよ。とてもビュアでストレートです。お互いに全力でぶつかっていると、彼らの作品に対して、別に天使じゃなくて人間がつくったものだから、切り刻んでもいいじゃないかと思えるようになって楽になりました。

坂本:どちらかが教えるのではなく、お互いが全力で制作者としてやっているのがいいですね。

福森:以前は、同じ価値観になりたいと思ったけど、違う価値観でいいと思えるようになったんです。多くの福祉施設では、こちらの価値観に引き上げることが、障害を乗り越えることとされがちです。乗り越えなくてもそのままでいい。ジョイントするには、僕らが彼らに近づいていくしかない。

坂本:逆に、スタッフの方たちが彼らの価値観に影響をうけたり、つくり方が変わってくることはありますか。

福森:影響を受けると同時に、スタッフの役割がはっきりしてくる。スタッフ自身も向いていること、やるべきことがわかり、できないことも知る。彼らとの違いがわかってくるとジョイントしやすくなるんです。つまり、相手を理解するということです。

障害のある方たちは、挨拶の意味もわからないのに挨拶の練習をさせられ、社会で暮らすためのルールを教えられ、頑張って!頑張って!とずっと言われ続けてきた。その人の価値観に寄り添うことが、障害の重い方には最も重要だと思っています。そこから始まらないとジョイントできない。それに気づいたのは、つくることを始めてからでした。

坂本:自分の価値観に相手を引き寄せるのではなく、お互いの価値観の違いを認められるのはすごいことですね。どんな風に関係が築かれていくのでしょうか。

福森:相手のことを、すばらしい人だなと思えることです。だから、ジョイントしたくなるんですよ。まずは、彼らの発想ありきで始め、話合ってやるわけでもなく、僕らが計画の主体になります。そのなかから、nui projectのシャツのように、既存のクラフトよりも面白いものが出来上がることもある。

スタッフの特徴を挙げれば、美術の知識がある人を積極的には入れていないことです。ほとんどのスタッフが福祉専門というのが、僕のポリシーですね。スタッフもできないところからスタートして未知の領域に入ることが大事で、美術関係からくると自分の知識や技術を相手に「与える」関係になってしまいがちです。どちらかというと体育会系なのかな。自分自身を鍛えることで相手が見えてくるという考え方ですね。

3年間は自分のものをつくることが業務命令です。めっちゃプレッシャーですよ。躊躇するスタッフにも、ありのままの自分を出してつくることを考えてほしい。自分の良い所ばかり見せていられる世界じゃないから、その作業を通して内面にひきこもらなくなったり、人間関係の築き方が変わったりすることもあります。

 

nui project(ヌイ•プロジェクト)は、「布の工房」から生まれた、独自のスタイルをもつ刺繍のプロジェクト。写真:(左から)布の工房/シャツ制作/完成したシャツ

  

坂本:体育会系と言えば、福森さんはラグビーをやっていらしたんですよね。

福森:そうそう、超本格的にやっていましたよ。

坂本:その道に進もうとは思われなかったんですか。

福森:辞めましたね。しばらくアメリカを放浪後に東京に戻り、どうしようかと悩んでいたんですが、結婚するという前提で鹿児島に帰ってきて、両親が運営していたこの施設で働き始めました。でも、何もできることがなくて、福祉の勉強をする気もなかった。それで木工を始めてみたら、はまってしまって15年くらいやっていました。その経験から、つくることと福祉が重なっていきました。最初は僕も、彼らができないことをできるようにしようと格闘しながら、もうそのままでいいじゃんというところにきたわけですね。ちょうど92年にnui projectを始めたころですね。

坂本:刺繍枠まで縫い込んだシャツがありましたね。

福森:でも、その面白さがわからないスタッフが枠をとっちゃったんですよ。とてもエネルギーがあって、そのままでよかったのに。

坂本:刺繍は触覚への刺激を与えやすい作業ですが、それも彼らの「つくる」に関係しているのでしょうか。

福森:こだわりから始まって手のにぎりが脳に伝達されているだろうし、彫刻も同様にカンカン叩けば音もするし、神経を高ぶらせることはあるでしょうね。そこで、自分のパターンができあがると何年間か同じパターンを繰り返す。安心の行為、場所は当然それぞれ違って、トイレの便器の上という方もいます。そこを見極めるまでは各施設でも普及していますが、もっときめ細かい視点で彼らの立ち位置に立つ姿勢は、まだ足りないと思いますね。

坂本:つくることによって、彼らの安心できる空間が出来上がっていくわけですね。

福森:ケアを受けるということは、生きていくために不本意なこともやらなければならない。だから、日中活動はできるだけ解放したいというのが最初の考え方です。やる事が決まっている下請け作業はやめて制約を減らした。僕は、芸術は自由で全てが許される領域だと考えていたので、その感覚が日中活動で得られたらというのが始まりでした。専門の知識があったわけでもなく、ただ解放しなければいけないと思ったんです。

そう思いつつも10年くらいは全く売り物にならなかったし、両親からは何をやっているんだと言われていました。でも、今は木屑が注目を浴びるような時代になって、僕らは木屑からものをつくるヒントを得ています。ジョイントは素人による制作で、プロのようにクオリティーが上がることはあまりない。だから、ジョイントするんですよね。これが味であって、前向きに一生懸命に人が好感のもてるものをつくっていきたい。

坂本:ジョイントからできたものは、施設内での販売のほか全国にも流通させているんですね。

福森:全国で80軒くらい小さなギャラリーなどで販売しています。アート作品は、自分達で展覧会をするか、外の展覧会に出品したり販売も行っています。

坂本:クラフトもアートも、障害者がつくったという福祉的な意味合いを帯びないことを重視されていらっしゃいますね。

福森:最初からそうですね。人間がつくった作品だと言うだけです。背景を聞かれれば、工房しょうぶがバックアップしていると言います。売上に関して、個人のアート作品を販売した場合は、経費をのぞいた利益を制作者と折半することになっています。クラフトもお客さんが純粋に欲しいと思えるものを販売したいですが、実力が伴わないこともあるので時間はかかると思います。

坂本:彼らにとって、制作する時間は重要な要素のように見えます。

福森:呼吸をするようなつくり方です。無理をしない、急がない、怠けない。でも、たまに僕らに合わせて急いだりするから、そんなことしなくていい!と言うこともありますけどね(笑)。彼らは変化を好みませんが、何年も見ていると突然こだわりが変わることがあります。吉本篤史さんは、2003年から2005年までは、布に直径3〜5mmほどの粒状の玉留めを無数に縫い付けていましたが、2005年以降は、5cm角のサテン布の二辺を縫うようになり、その縫い始めに以前と同じ玉留めを縫いつけています。工房のなかでずっとその制作を続けているんですよ。

坂本:吉本さんのお部屋にもご案内して頂きましたが、タオルやご自分の靴下などから引き抜いた糸が、机の上に様々な形で整然と並べられ、窓からの陽射しに照らされていて美しかったです。工房での吉本さんの制作姿を見た時と同じ、とても静かな動きを感じました。福森さんのお話を聞いていると、心から彼らの行為に魅力を感じていることが伝わってきます。

 

(左から)吉本篤史さん制作風景/玉留め/自室の机の上に並べられた糸

 

福森:どんどんエスカレートしている(笑)。人間はすごく深いと思うようになりました。若い時には夢を持つことの大切さなんて考えたりしたけど、彼らはそんなこと超越している行為を繰り返し、そして死んでいくんですよ。ほとんどの人が死の恐怖に苦しまずに死んで行きます。死の意味がわからないということもあるけど、死に対して足掻かない潔さがある。人間が元々あった状態に近いと感じてしまいますね。彼らには、幸福感を感じるんです。もし彼らが僕らの価値観で暮らしたら、一気に幸福感はうせると思いますけどね。紙一重です。

坂本:彼らから幸福感を感じられるのは、福森さんが彼らといて幸福だからですかね。そして、そういう人が側にいる空間に身を置いていることが、彼らを幸福にしているのかもしれないですね。私たちも、本能的な自分と社会的な自分の間で、ほとんどの人は社会的にフィットするよう教育され、自分が選んだ道だと信じて生きて行くのではないかと思います。でも、どうしても社会的にフィットできない部分、ダメとか変とか言われちゃうところも、まっいいんじゃないと言ってくれる、良い意味で放っておいてくれる人がいるのは生きていく支えになるでしょうね。

福森:僕は、発想と行動の間には魔物が住んでいると思っています。教育された人は、発想と行動の間に考える長い道のりがある。行動にうつすかどうかを選択する、もしくは自分で選んだつもりで選ばされている。でも、彼らは理解ができないから選択が狭まることがない。だから、本能的に選びとることで行動している。彼らが選びとる方向に進むことができたら、幸福になれるのではないかと考えています。その方向を考えるうえで、重度の障害の方はすごくわかりにくいから人間の謎に満ちていて、一緒にいると発見がたくさんある。彼らを開くだけで僕らに喜びがなければ仙人みたいな仕事になるけど、彼らといることで僕らも開かれるんですね。これも、頑張るとか忍耐ではなく、自分自身に喜びが帰ってくるというのが大事です。

 

 

(左から)松久保滋郎さんによる文字と絵が描かれた布バック(一部)/大島智美さんによる棺桶のビーズ刺繍

 

 

 

福森伸(ふくもり しん)

1959年鹿児島県生まれ。知的障害者支援施設  しょうぶ学園施設長/工房しょうぶ主宰。

日本体育大学卒。1983年より障害者支援施設「しょうぶ学園」に勤務。木材工芸デザインを独学し、「工房しょうぶ」を設立。特に2000年頃より縫うことにこだわってプロデュースした「nui project」は、アメリカ他日本各地で作品が高く評価されている。また、音パフォーマンス「otto&orabu」• 家具プロジェクト・食空間コーディネートなど「衣食住+コミュニケーション」をコンセプトに、工芸・芸術・音楽等、新しい「SHOBU STYLE」として、知的障害をもつ人のさまざまな表現活動を通じて多岐にわたる社会とのコミュニケート活動をプロデュースしている。

 

しょうぶ学園>>http://www.shobu.jp