VOLCANOISE

Archive

鴻池朋子展「皮と針と糸と」新潟県立万代島美術館
鴻池朋子展「皮と針と糸と」新潟県立万代島美術館
鴻池朋子展「根源的暴力Vol.2 あたらしいほね」群馬県立近代美術館
鴻池朋子展「根源的暴力Vol.2 あたらしいほね」群馬県立近代美術館
鴻池朋子個展「根源的暴力」神奈川県民ホールギャラリー
鴻池朋子個展「根源的暴力」神奈川県民ホールギャラリー
作家ステイトメント「根源的暴力」
作家ステイトメント「根源的暴力」
高嶋英男個展「空壺の人」
高嶋英男個展「空壺の人」
リマッピング日比谷プロジェクト2014 都市と森の境界に現れるアート
リマッピング日比谷プロジェクト2014 都市と森の境界に現れるアート
美術館ロッジプロジェクト 森吉山小屋  壁画設置作戦&報告会「森吉山小屋と雪の女王」
美術館ロッジプロジェクト 森吉山小屋 壁画設置作戦&報告会「森吉山小屋と雪の女王」
目に見えないものと対話する方法「精霊の学校」
目に見えないものと対話する方法「精霊の学校」
鴻池朋子  Wild Things−Where Masters of Ecstasy Are
鴻池朋子 Wild Things−Where Masters of Ecstasy Are
鴻池朋子 Earthshine:Artist Statement
鴻池朋子 Earthshine:Artist Statement
鴻池朋子 Earthshine:Gallery Wendi Norris(San Francisco)
鴻池朋子 Earthshine:Gallery Wendi Norris(San Francisco)
大小島真木『遺伝子の地図ーChanting genes』
大小島真木『遺伝子の地図ーChanting genes』
大小島真木「The Knock」Vol.3
大小島真木「The Knock」Vol.3
大小島真木「The Knock」Vol.2
大小島真木「The Knock」Vol.2
大小島真木 遺伝子の地図 − chanting genes
大小島真木 遺伝子の地図 − chanting genes
大小島真木「The Knock」Vol.1
大小島真木「The Knock」Vol.1
美術館ロッジ 作戦4「舟、森吉山小屋へ到着!」
美術館ロッジ 作戦4「舟、森吉山小屋へ到着!」
美術館ロッジ 作戦3「舟、森吉山を登る」3/13
美術館ロッジ 作戦3「舟、森吉山を登る」3/13
美術館ロッジ 作戦3「舟、森吉山を登る」初日(3/12)
美術館ロッジ 作戦3「舟、森吉山を登る」初日(3/12)
美術館ロッジ  作戦3「舟、森吉山を登る。」
美術館ロッジ 作戦3「舟、森吉山を登る。」
美術館ロッジ 森吉1•2作戦
美術館ロッジ 森吉1•2作戦
動く人間 04 : 福森伸
動く人間 04 : 福森伸
ULTRA   3 New Artists
ULTRA 3 New Artists
動く人間 03:笹尾千草
動く人間 03:笹尾千草
作者不在トークセッション Document <PART 1>
作者不在トークセッション Document <PART 1>
作者不在トークセッション Document <PART 2>
作者不在トークセッション Document <PART 2>
作者不在トークセッション Document <PART 3>
作者不在トークセッション Document <PART 3>
作家は何も気づいていない Picnic at Hanging Rock
作家は何も気づいていない Picnic at Hanging Rock
東恩納裕一 After the Picnic
東恩納裕一 After the Picnic
ミミオ図書館&試写会 in 東京
ミミオ図書館&試写会 in 東京
隠れマウンテン&ヴォルカノイズ Vol.2
隠れマウンテン&ヴォルカノイズ Vol.2
隠れマウンテン&ヴォルカノイズ Vol.1
隠れマウンテン&ヴォルカノイズ Vol.1

動く人間 03:笹尾千草

インタビュアー:坂本里英子(VOLCANOISE代表)

 

旅は秋田へ。

秋田市の印刷工場跡を改装したスペース「ココラボラトリー」の笹尾さんは、秋田の作家たちと共に歩み、今年で活動7年目を迎える。

 

(左から)笹尾千草、坂本里英子  

2012年5月6日(月) 秋田市内の笹尾さんの事務所にて

 

 

坂本:笹尾さんは、アートスペース「ココラボラトリー」で秋田の作家を紹介し作品を販売しているわけですが、以前、秋田にはマーケットが確立されていないとおっしゃっていましたね。ココラボラトリーでは、どのような展示や販売の形をとっているのでしょうか。

笹尾:スペースを始めた頃は、秋田にマーケットをつくりたいと考えましたが、この土地にはあまりしっくりこないと今は思っています。秋田にも、すでに作品が売れる場やそこにフィットする作品はありますが、私が一緒にやっていきたいなと思う作家は、どうしても作品をつくらざるをえなくて、他の仕事で生計をたてて制作する人が多いんです。つくり続けなければ生きられない人たちへの対価というと…、その生き様を支える投げ銭みたいなものなのかな。

先日、伊藤誠吾さんという作家が、秋田の鷺舞まつりの日に自作の「バカ踊り」を踊ったんです。伝統芸能の鷺舞を見に来たお客さんは、「バカ踊り」なんて怒って帰るだろうと思ったら、大盛り上がりだったらしいんですね(笑)。秋田では、祭りに対して対価や敬意が払われて、祭りは人が生きるエネルギーになっているということがよくある。そこで生まれるパワーや支払われるお金に興味があります。秋田の作家が、祭りの踊り手みたいに存在することによって土地の人たちが生きていると実感できたり、外から来た人にあの祭り面白いから行ってみて!と言うように、あの作家すごく面白いから会ってみて!という感じですかね。

坂本:作品というモノは媒体であって、それを通して何かが起こったり、人と出会ったり、土地を深く知ったりということですか。

笹尾:作家や秋田の人たちを見ていると、作品は依り代という感じがしますね。

坂本:作品を買う人のなかには、造形的な美しさに魅かれ、モノを所有し集めて喜んだり、家に飾って楽しむ人もいるかと思いますが、笹尾さんがおっしゃっていることは少し違うような気がしますね。

笹尾:ココラボのお客さんは、作品を買ったところからスタートすることに興味がある方が多いような気がします。だから、未成熟でも買うし、その先の作品や作家の動きを楽しみにしている。

スペースを始めた頃からの作家のほとんどが、今でも制作を続けています。ステップアップしてお客さんがついたり、自分でスペースを持つ人もここ1年ですごく増えました。そこに価値を感じていて、それもあって、作品のクオリティーは年月をかけて後からついてくるものだとも思うようになりました。

坂本:笹尾さんと作家との出会いのポイントは何ですか。

笹尾:直感ですね(笑)。最初は作品に興味がもてなくても、その人となりや存在が面白いと、だんだん作品も面白いことになっていく気がしますね。作家もつくり続けて、自分の生活のなかに制作をきっちり落としこんでいっています。それで食べていくわけではないんですけどね。

坂本:笹尾さんは、つくらずにはいられない人に興味をもち、その作家の多くは他の仕事で生計をたてている。では、もう作品はお金に換わらなくていいってことなんですか。

笹尾:そうでもないんです。ほとんどの作家はお金に換えたいと思っている。人との関わり、人に見られることで制作が続いているから、一番ドライで客観的な視点が入ることは必要なんです。

坂本:つくる方も買う方もお互いにリスクを背負っている分、力強い関係ですね。

笹尾:一番認められたことを実感できるコミュニケーションのあり方ですね。私もそこまで持って行きたいという気持ちがあります。作品も値段も様々ですが、絵画などはまだ一般の方にとって買うには距離があるようです。カジュアルなところだと、身につけるものは入口としていいんじゃないかな。今、身近な人がつくった洋服やアクセサリーを身につけることに、心地よさを感じる人が増えていると思います。

坂本:ある時代の高いブランドものをもつ満足とは、違う質の満足ですか。

笹尾:そうそう、価値観が随分変わったなと感じます。もちろん、クオリティーが良くないと買わないですけど、東京行って秋田に無いブランドもの買って、ということから抜け出て、同じ土地に暮らす人がつくったものを素晴らしいと思い、お金を払って身につける幸せを堂々と感じることができる。まだごく一部の人たちかもしれないけど、そういう価値観をもてるのは素晴らしいと思います。

坂本:もう少し具体的に、どういう喜びなんでしょうね。郷土愛とは違うような気がしますが。

笹尾:地方都市は、東京を目指してやってきて、一番中身のない上澄みを飲んでしまったように感じています。本質を欠いた上澄みだけで長い間きたから、空虚で貧しかったとも言える。そのことに気づく人は気づいて、自分たちにとっての本質的な喜び、本当に美しいと思えるものに真剣に向き合ってきて、ここ数年でようやく芽を出してきた。正直、最初は無理していたと思いますよ。ずっと東京を目指した教育を受けてきたし、地方は恥ずかしいとすら思ってきた。でも、無理してでも、身近なところに価値を見出しクオリティーも追いついて、お金を払ってでも欲しいというところまで来たんです。

ここを基点に、もう少し高額でも買ってみようかと思う人が出て来るかもしれない。時代が進めば、お金との交換ですらなくなるかもしれない。そういう意味では、作品に価格をつける行為が時々わからなくなることはあります。

坂本:恥ずかしいことに向き合ったからこその結果が出てきたんですね。アート自体、一般的にはかっこいいとかオシャレみたいな言い方もされるけど、もっと恥ずかしいことかもしれないですね。虚勢を張ってでも一旦恥ずかしいことを認めたところから、自分たちの本質が見え始めたのはすごく興味深いです。さらに、クオリティーが伴っているのはすごいですね。

作品に値段をつける、アートをお金で語ることも恥ずかしいことだとされてきたんですよね。でも、通り一遍なマーケットの話ではなくて、価格のつけ方すら面白がったり値付けによって作品の新たなアイデアが生まれるようなことが起こったり、形では見えない部分にも人がお金を払い始めると面白い。アクセサリーの話は、クオリティーだけ追求すれば他にいいものはいくらでもあるけど、身近なものを選ぶ人には何が見えているのでしょうかね。

笹尾:長らく劣等感があったからこそかもしれないけど、こんなにいいものをつくる人が、こんなに近くにいるんだと叫べる喜びなのかな。今は、その状態を謳歌しているのかもしれなくて、先にはまたクオリティーの問題が出て来るとは思うし、それも必要なことだと思います。

ギャラリーを運営していて常識的な考え方でいえば、1回高い価格つけたら下げられないというのがルールですが、本当にそうかなとも思い始めています。竿燈祭りの路上でマーケットをやった時、ある作家が奥さんと価格のことで喧嘩したって言うんですよ。作家がつけた価格に対して、祭りを見に来る人に路上で売るのに、そんな高い値段つけてどうすんの!って奥さんが怒ったらしいんです。それで、「祭り用にこの値段にしてきました」って言ってました(笑)。今まではタブーだなって思っていたけど、最近は時と場合、時代に合わせて作品の価格を下げてもいいなと思うようになった。

 

  

       笹尾さんたちとココラボラトリー前の通りで見た、竿燈祭りの「もどり竿燈」

 

 

坂本:祭り用価格と聞いて、少し話がそれますが、テキ屋巡りの面白さを思い出しました。テキ屋は、良い品を適正価格で売るマーケットではないけど、ハレの場の祭りマジックでうさんくさいものでも何か買っちゃうんですよね(笑)。モノ自体の魅力というより、ある世界の入口に行ってきた印とか通行証みたいなことなのか。雑多に並ぶテキ屋のなかから自分なりの証を見つけるドキドキ感がある。祭りが終わり家に帰るとモノはやがて埃をかぶり、いつのまにか無くなることをわかっていて買っているんですね。そのモノへの執着じゃないんでしょうね。

私も、作品の希少価値、価格の下落は致命傷、どっかで不落札になったら終わりとか言われてきました。でも、特別な人だけが持っていることだけ一人歩きして、だから価値があるというのは、まやかしに思えてきた。

笹尾:うん、逆に貧しいような気がする。安売りとは違うんですよね。秋田の版画家で池田修三という人がいて、昔から銀行のカレンダーにも作品が使われていたので、地元ではポピュラーな作家ですけど、版画は¥5,000くらいからあって、以前は出産祝いとかプレゼントに買われたりしたらしいんです。すごく気軽に売買されていたみたいで、そういうやりとりもいいなと思うんですよね。今までは、教えられたことに忠実に作品の価格をつけていたけど、自分は秋田の人間になったんだなーと思うのは、生活する実感からくる価格ってアートにもあるなあと感じるようになった。

坂本:入口がいくつもなければ作品が動いていかないけど、動く必要がないと言ってしまえば入口は閉ざされたままですね。カレンダーとして人の手に渡ることも、一つの動きですよね。笹尾さんは、秋田の人間らしいとおっしゃったけど、もしかしたら東京でもどこでも同じような感覚を持つ人たちは増えているんじゃないのかな。でも、どこか恥ずかしくて言葉にしないだけかも。

笹尾:今までは、価値を上げて上げてとやってきたのが、少し切り分けたりしても価値を見いだせるような、真っ当にその価値を説明できて認められるようなことをやっていかないと、息苦しくなってくると思います。王道とか揺るがないものもあった方がいい。でも、その価値観だけじゃ、もう立ち行かなくなっている状況に私たちはあると思います。

坂本:いいもの、しぶといものは残っていくというのは、きっと変わらずに続くんでしょうしね。

笹尾:作家は、みんな踏ん張るんですよ。正直、あらぁ、この先どうするんだろう、みたいな人も時々いるんですけど(笑)、続けていると見えてくるものがあるんだなって見ていて思います。

坂本:つくり続けるって大事ですね。ある価値観に対してNOと言うのは簡単だけど、その先を見据えて言わないと何も起こらない。そういう意味で、この土地では一部の人でもNOと言って、その後に形になってきているのはすごいと思います。笹尾さんにとっては、秋田でやるから意味があるんですか。

笹尾:意味があるというより、秋田でしかできないですね。この積み重ねを外で応用できるかというとわからないです。作家が他の仕事をもつように、私もあらゆる仕事をやってきました。正直言うと、アートだけをやりたいと思っていたんですが。でも、なんでも引き受けてきたことによってできた、ありとあらゆる人脈や土地の情報があるからこそ、外から来た人にも差し出せるものがあると思います。それは、秋田にいるからこそできることですね。

坂本:ココラボラトリーは、所属作家という枠組みはないんですね。

笹尾:ないです。他の場所でも発表できた方が、作家の自由度も高いし可能性も広がる。でも、作家が活躍してきたりすると、「うちでやってれば、売れたなー」なんて思う事もありますよ(笑)。

坂本:それはありますよね(笑)。ただ、作家にとっては初期に発表できて、やりたい時に帰って来ることができる重要な場所ですね。ギャラリーに所属することに安心してしまうと、作家が自立していかないし、作家のスタンスも変わりだしているんじゃないかと思いますね。

笹尾:そうですね。今まで一緒にやってきた作家がどんどん自立して、自分の世界を広げていくというのも大きな喜びだと思います。

 

 

笹尾千草(ささお  ちぐさ)

1977年生まれ。秋田県五城目町出身。京都造形芸術大学芸術学部卒業。京都の老舗竹材店に勤務後、2003年帰郷。05年秋田市に表現活動の場であるアートスペース「ココラボラトリー」開業。06-08年フォーエバー現代美術館アシスタントキュレーター兼務。07年現代の美術と手仕事の企画室「projectroom sasao」始動。2012年は秋田県のアートプロジェクトを企画運営。現在秋田市在住。

 

ココラボラトリー>>http://www.cocolab.net/

 

 

ずっとメモをとりながらインタビューに同席してくださった秋田の作家の保坂剛志さん(左)と笹尾さん(右)